キエフ時代:11~13世紀は 〔ロシア・文学・ドラマ〕

『ボリスとグレープ伝』『ペチョラのフェオドーシイ伝』などの聖者伝やウラジーミル・モノマフ公の『教訓』を代表とする説教のような純粋に教会的ジャンルの作品のほかに、きわめて独創的な二つの作品、『ロシア年代記』(12世紀初め)と『イーゴリ遠征物語』とを生んだ。

前者はキエフの修道院でつくられたもので、古い口碑を取り入れた部分に高い文学的価値があり、後者は高度に複雑な文体的技巧を自在に駆使した純世俗的作品で、古代文学の最高位を占める傑作である。

ほかに『聖母の責苦めぐり』『地獄にあるアダムよりラザロへの言葉』など、ビザンティン起源の聖書偽典も翻訳の域を越えてロシア文学の源流となった。

こうした水準の高い作品を生み出したキエフ文学の伝統は、13世紀から15世紀末に至るタタールの支配の時代に絶えてしまい、14世紀末からは修辞的技巧だけを極度に重視する内容空疎な聖者伝が主流を占めるようになり、この傾向は次のモスクワ時代にも引き継がれる。

これと並んでモスクワ国家内部の激しい宗教的、政治的対立を反映する「社会・政治評論的」作品が16世紀の特徴をなす文学現象である。

そのなかで16世紀初めのノブゴロドの商人層の考え方を反映した『ドモストロイ』が独自の価値をもつ。17世紀に入ると、世紀の初めの「動乱期」によって古いモスクワ的国家機構が根底から揺るがされた結果、文学のなかに新しい要素が現れ始める。

たとえば、この世紀後半の「世俗物語」とよばれるジャンルの作品には、宗教的色彩は希薄ないし皆無で、日常的生活情景が描かれ、そのあるものには口碑的要素の浸透が著しく、ときには当時の社会に対する風刺も見られる。

また分離派教徒の指導者アバクームは、注目すべき『自伝』で、自らの生涯を聖者伝の伝統的形式を打破し、しかも生きた口語を用いて赤裸々に描き、宮廷詩人シメオン・ポーロツキーは、ポーランドないし西欧の影響のもとに、従来みられなかったジャンルである詩や劇の面で数多くの作品を書いた。
update:2010年02月24日